【オンデマンド放送:2021.09.01放送回】

※一ケ月限定フルバージョンです。

さあ、今夜は200回記念!
リクエスト特集!その2。

【今日の一曲目】
【ラジオネーム『絶望』さんからのリクエスト】
氷のマニュキア / 山下達郎
(“Cozy / 山下達郎” 1998年)
("Cozy / 山下達郎" 1998年)
【エピソード】
『大切な人だったという過去形なんですが。。もっとも相手は聴いてたかどうかも定かではありませんが、今を遡ること二十数年前のことです。二人目の出産を三ヶ月後に控え、子育てインフラの脆弱な杉並区から練馬区へ転居をした、八月の終わり頃の話です。
転居した翌朝、「陣痛のようなものの間隔がどんどん短くなっている」という嫁さんのことばに、かかりつけの世田谷の総合病院に連絡をとると、「自力で動けるなら直ぐにコチラに来てください」と。あとでわかったのは、実はこのときすでに救急車レベルだったんです。車にもうすぐ3歳になる娘と嫁を後部座席に乗せいざ病院へ!。その時にヘビーローテションでかかりっぱなしになっていたのが「氷のマニキュア」でした。そして、大渋滞の中、小一時間かけて病院に到着した時には、車椅子には乗せることができずストレッチャーで即分娩室へ。わすが数十分後「生まれた!」。数時間で十年くらい寿命が縮まる経験でした。
いやぁ、めでたいのか、ナンなのか。』
いやー、今となっては我が子誕生秘話の立派な思い出。(笑)その時の必死な「絶望」さんの顔が想像できて、おかしくて仕方ない。きっと、すくすく育って今や二十数歳の良い大人になってることでしょう。
【伊藤広規からアンサーソング】
【エピソード】
この曲の入ってるCozyのアルバムは、私の中でも心に深く刻まれた思い出があります。
Cozyツアーが1998年の秋から始まり、いつも通り最高な出来で進んで年も明け、後半そろそろ終わりに近づいた頃。「広島県福山市」でのライブの日。寝床でぐっすり寝込んで目が覚めたのが午後4時!今日のLiveは渋谷じゃないんだぜ!福山だ!一瞬、海外へ逃亡しようと思ったけど3秒で諦めて、すぐ電話!
「広規さん今どこですか?」「家です」
この後の早送りのような行動。服を着て、家から飛び出し、タクシーに乗り羽田へ。そこで待ってたのは、飛行機の最終アナウンス。飛行機を止めてたKiroroのブタカン(舞台監督)。「あれー?広規さんもこの飛行機ですかー?」この人が飛行機を止めててくれなかったら乗れなかった。そして広島空港からまたタクシーで福山へ。会場に着いたのは、19時半。楽屋口から走ってステージへ。すると、達郎が1人でラストステップを弾き語りしてるんです。素晴しい~。私まで聞き入ってしまいました。なんて、言っている場合でなく。。ステージで土下座して「ごめんなさい!」
それから、何もなかったかのように、一曲も飛ばすことなくコンサートは完璧に終わったのです。目にも止まらぬような怒涛の1日。このCozyツアーは私にとって忘れられないツアーになりました。
この日のステージでの一曲目をアンサーソングで送ります。
【小樽の山本雅博さんからのリクエスト】
Sparkle / 山下達郎
(“JOY / 山下達郎” 1986年7月31日 中野サンプラザ)
("JOY / 山下達郎" 1986年7月31日 中野サンプラザ)
【エピソード】
この曲はリクエストを何通もいただきました。その中のお一人、小樽の山本雅博さんのエピソード。
『中学生の時、ヘッドホンのカセットテープがすり切れるくらいに聴いたのが、山下達郎さんの「FOR YOU」と「JOY」でした。98年からは、すべてのライヴツアーを聴いています。妻、母、友人、そして、息子と、沢山の大切な人とライヴに行きました。オープニングで興奮して聴いていたのが「Sparkle」です。広規さんの、ベキっという、スラップの深い音を、子供の頃からずっと聴いて育ち、沢山の大切な人と、人生で一番多く聴いたのが「Sparkle」です。』
なんと。俺も青山も凄いプレーと自負してますが、なにより、タッツァンの曲のセンスの良さ、ギター、歌があってこそ、
こういうプレーができる事に感謝しております。
【今日の二曲目】
【ラジオネーム『じゅんこじゃないよ』さんからのリクエスト】
夜空のトランペット(Al Mio Amore) / ニニ・ロッソ
(“Il Silenzio / Nini Rosso” 1964年)
("嘆きの天使 / ニニ・ロッソ・ライヴ・イン・ジャパン" 1975年)
【エピソード】
『建て替え前の大阪フェスティバルホールで、生まれて初めて聞いた生演奏がこれでした。本当はトランペットの好きな父が母と一緒に行く予定でしたが、仕事の都合で母と私が行くことに。弟が生まれて以来、母と二人で出かけたことがなかったですし、おしゃれして赤い靴を履いて出かけるのも、とても嬉しかったなぁ。当時10歳だった私は「演奏中に声を出してはいけない」「咳もだめ」と言われ、かなり緊張していた覚えがあります。ミラーボールの輝く中、それ以上にキラキラとしたトランペットの音に魅了されました。ご本人と握手もすることができて、夢のような時間を過ごしました。
母は今、認知症になり、なかなか出かけられなくなってしまいましたが、今度会ったらこの後買ったレコードをかけて、母と思い出話をしてみようかな』
ニニ・ロッソ懐かしいなぁ。きっと、「じゅんこじゃないよ」さんが、ニニ・ロッソのコンサートに行ったのは1975~6年なのかなぁ?
[資料]ニニ・ロッソの人柄がダイレクトに伝わってくる名盤
https://www.myriades.jp/memorabilia/memorabilia_06/swx9067.html
(“嘆きの天使 / ニニ・ロッソ・ライヴ・イン・ジャパン” 1975年)
("嘆きの天使 / ニニ・ロッソ・ライヴ・イン・ジャパン" 1975年)
【伊藤広規からアンサーソング】
小さな恋のメロディ(Melody Fair) / Bee Gees
([Sg] “Melody Fair / Bee Gees” 1971年)
([Sg] "Melody Fair / Bee Gees" 1971年)
【エピソード】
私は1972~75年の冬場だけ志賀高原のスキー場にいました。あちこちのホテルは夜毎に生バンドが入って、まるでディスコ!六本木の繁華街のようだったんですよ。私は生バンドのバイトをしていて、ハードロック、アメリカンポップ、ディスコナンバーをプレーしてました。で、ブラバンでトランペットも吹いていたので、この曲も一度吹いたことがあります。ニニ・ロッソのように抒情的には吹けませんが、唯一ソロで吹けたレパートリー。結構、喜んでもらえてました。
このリクエストを読んで、赤い靴を履いてた可愛いおしゃまな10歳の女の子だった「じゅんこじゃないよ」さんに、当時流行ってたこの曲をプレゼントします。
 
【YouTube で見る】
Tatsuro Yamashita – 氷のマニキュア
https://youtu.be/wyihFMrFF-w
夜空のトランペット(ニニ・ロッソ)
https://youtu.be/uiPUgGHBRmw
「メロディ・フェア Melody Fair」ビージーズ  Bee Gees new
https://youtu.be/wC9035e_i8c
 
★特別企画★ 放送200回記念「リクエスト特集!」
紹介したいステキなエピソード曲がたーんとあって、とても、2週ではできませんでした。読めなかった皆さん、ごめんなさい~。
まだ紹介したいエピソード曲があるので、広規ラジオ番外編として、YouTubeラジオを作って続編を配信することにしました。
開設日は9月8日夜8時!チャンネル登録して聞いてくださいね。
https://www.youtube.com/c/itokoki1954
詳しくは私の番組サイトへGO!
https://kokiradio.net/
 
【今週のいとうこうき】
そして、大きな告知!
9月4日土曜に、湯川トーベンのバースデーライブにゲストで出ます。
こんな折ですので、来られない方のために、ライブ後に配信も決まりました。遠く離れていても、コロナ渦でも、配信で湯川トーベンの誕生祝いと、私のやさぐれプレーを見てくださいね!
詳しくは私のホームページで。
2021.09.04 広規さん出演 湯川トーベン~4868記念ライブ!~
https://ito-koki.com/news/2021/07/15/5880

では、来週も、お楽しみに~!

【オープニングBGM】
Challi-Sienne / 伊藤広規 (“sometime somewhere” 2013)
SometimeSomewhere_伊藤広規
伊藤広規のソロアルバム
※ 全国CDショップ、itunes、伊藤広規公式サイトでお買い求めいただけます。